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大阪高等裁判所 平成元年(け)4号 決定 1989年5月17日

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣旨及び理由は、弁護人北村義二、同仲田隆明連名作成の異議申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、その理由の要旨は、原裁判所は、弁護人の平成元年四月二四日付保釈請求に対し、刑訴法三四四条に則り、単に、本件保釈の請求は相当でない、としてこれを却下したが、我国は、昭和五四年八月四日「市民的及び政治的権利に関する国際規約を批准している(昭和五四年八月四日条約第七号、昭和五四年九月二一日効力発生)ところ、右国際規約第三部第九条3は「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれるものとし、妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する。裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭が保証されることを条件とすることができる。」と規定している。右規定後段は裁判前の者、裁判中の者については抑留しないことを原則とし、ただ釈放するに当たっては司法上の手続のために出頭が保証されることを条件とすることができると定めたものであり、従って右規定に照らすと、禁錮以上の刑に処する判決の言渡しの前後で被告人の保釈請求に差異をつけ、権利保釈を否定した刑訴法三四四条の規定は、右国際規約第九条3に違反している。そして批准された条約の効力が法形式としての法律のそれより上位にあることは憲法九八条二項の法意に徴し明らかであるから、右規約の前示条項に反する刑訴法三四四条の規定は無効であるのに、右条項の解釈を誤った結果弁護人の本件保釈請求を却下した原決定は、我国が締結した条約及び確立された国際法規の誠実遵守を規定した憲法九八条二項に違反し、刑訴法四〇五条一号に該当する違法があるといわなければならない、というのである。

そこで検討するのに、我国が昭和五四年八月四日「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を批准し(昭和五四年八月四日条約第七号)、昭和五四年九月二一日発効したこと、同規約第三部第九条3に所論のような規定があること、条約が国内法上法形式としての「法律」より上位の効力を有する法規であることは所論指摘のとおりである。しかしながら、右規約の前示条項は「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、」と規定するにとどまり、合理的な理由がある場合においてもその例外を許さないものではない。一審で禁錮以上の刑に処する判決の宣告を受けた者には無罪の推定がなく、所論のいうように、裁判が確定するまでは執行猶予の可能性があるとしても、判決前より逃亡のおそれが強まり、刑の執行のために身柄を確保する必要性が増大することは明らかであるから、刑訴法三四四条が「禁錮以上の刑に処する判決の宣告があった後は、……第八九条の規定は、これを適用しない。」と規定し、裁量保釈の途を残しながら権利保釈を認めなかったことには合理的理由があり、右規約の前示条項に違反しているとはいえない。

以上の次第で刑訴法三四四条が同条項に違反し、刑訴法四〇五条一号に該当する違法があるとする本件異議の申立は理由がない。

よって、刑訴法四二八条三項、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 吉田昭)

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